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親鸞聖人が国府に配流中、木曽義仲の一家臣が聖人に深く帰依し、覚円坊最信の名を賜ったという。聖人が越後をあとに東国へ旅立った後、最信はこの地にのこり一宇を興し、「覚円坊」と称した。天正3年(1575)教如上人から寺号をうけて「光源寺」と改め、享保17年(1732)東本願寺17代真如上人の時に本山の抱地となり、高田別院の支院として「国府御坊」と呼ばれたが、その後支院と光源寺とを併せて一寺となった。ここの本堂は、御影堂と本堂を併設した構造で大変めずらしく、御影堂の中央には「流罪勅免御満悦御影」が掛けられている。 ●所在地/新潟県上越市国府1丁目4-1 |